何でも左と右とが2つ一つになっていないとなりません。
左は神の心、右は人間の心、左は目に見えぬ理の世界、右は形に現れた現象の世界、また左は前世、右は今生でもあります。
人間はとかく目に見えた物や形の世界だけを見て、一喜一憂したり、物事を判断したりするものですが、それでは「片手落ち」というものです。″右″だけでなく″左″も身につけてこそ本当であって、神に手を合わせて祈る姿がそれを表徴しています。多くの人は「片手拝み」ですから、なかなか神に通じないのです。情があっても理の分からない人についても、同じ事が言えます。
神言に、
みえてからといてかかるハせかいなみ
みへんさきからといてをくそや (おふでさき 1号 18)
とありますが、神の言葉は、現在の時点で人間に見えなくても、いつか必ず現れてくる、成ってくるものを、表し示しているのであります。
お互いは物や形の裏に秘せられた理の筋道、神の計らいを常に見つめつつ、″左″に″右″を合わせて通る、それが正しい人間の生き方なのです。