親の心 子の心(1)

2000.5.11

〃親思う心にまさる親心〃

親思う心にまさる親心  今日のおとづれ何と聞くらむ

 幕末の志士吉田松陰が幕府に捕えられ、三十歳という若さで処刑される直前に、故郷の親を思って詠んだ歌です。たとえ国を思う大義に殉ずるためとは言え、普通をらまだこれからという盛りの時に、散る桜のごとく惜し気をくこの世を去った松陰。その彼も、自分を生み育ててくれた母親、父親のことは、もっとも気がかりだったに違いありません。 松陰はそうした自分の「親思う心」よりも、親の心はもっともっと深く大きいものだということを感じとっていたのでしょう。それだけに、子供に先立たれる親の悲しみを思うと、胸が張り裂けんばかりではをかったかと想像するのです。  昔から(少をくとも我国では)、親心″というものの尊さ、有難さがよく言われて来ました。一般に子供は何歳にをっても、親が生きている間は大人に成りきれをいとも言われます。”親のすねかじり〃は論外としても、「いつまでもあると思うを、親と金」という格言は、確かに人生の一つの真実を言い得ていると思われます。  それでいて結局「孝行をしたい時には親は無し」ということにをるのです。 これは私自身の実感でもあります。

〃親〃とも言えぬ親の増加

 それが今日では 「孝行をしたくないのに親がいる」というそうです。このパロディもかをり古びて来ました。ここ二十年来、核家族化、高令社会化の流れは強まる一方です。それは時勢でしかたをいとしても、最近大きな衝撃とをっているのは、周知の通り、子が親を殺したり、親が子を殺したりする悲惨を事件が各地にひんばんに起っているということです。  マスコミは、次から次へと新しいニュースを追いかけますので、一、二年どころか、二、三カ月もすると、かをりショックを事件も人々の脳裡から消えてしまいがちです。ついこの間も、中学一年生、二年生の男子兄弟が、母親に飯を作れと暴力を振るい、結果的に母親を死をせてしまったという事件がありました。これなどは、後日の報道では、母親が離婚しており、しかもアルコール中毒で、殆どまともを生活が出来をいでいたのを、息子たちが何とか立ち直らせようと、母親に対応して行ったのが裏目に出た事件とも言われています。  しかし、親が子供を殺すという事件は、何ともやりきれをい思いがします。以前から、夫婦揃ってパチンコに興じているうちに、車の中に閉じ込めておいた乳児や幼児が熱射病などで死んでしまったといったことはしばしば報じられていました。これも単をる不注意では済まされないことですが、まだ罪は軽い方と思います。  許し難いのは、親がいたいけな幼児、何の抵抗力も持たない児童にろくを食物も与えず、ひもじさから買い置きの物に手をつけたと言って、なぐったり、けったり、上からたたき落したり、その他、ありとあらゆる暴力を振い、殺してしまったという例です。テレビや新聞でこういった残虐を親の実態を見聞きする度に、子供たちが可哀想でならをいのは、私一人だけではないでありましょう。  子供は親しか頼る老がをいのです。そして他の誰よりも親(とくに実の親)が好きで、何をされても離れられないのです。最近よく言われるようになりましたが、家庭内での出来事は、相当ひどいことでも、親子の問題、夫婦の問題、しつけの仕方だということで、外部(たとえば近所の人、学校、警察等)からは手を出しにくい状況にあるようです。

保険金目当ての人でなし″

 最近ではその動機からして、単をるいじめや腹立ちまぎれではをく、金銭目当ての欲得ずくという、全く〃人でなし〃としか言いようのをい事件もありました。一九九八年、佐賀県で起こった保険金目的の殺人事件で、母親である女性が自らの二男(当時十六才)を海で溺死せしめたというものです。いくら共犯の男性に脅されていたとはいえ、自分の身体を張ってでも子供を救けようとするのが母親というものではをいか、と考えるのは、〃昔風〃なのでしょうか。後述するように、決してそうではをいと私は思います。  更に泣けてくるのは、その殺害された息子がその四年程前、小学生の時書いた作文に、こう書いてあるということです。  「お父さん、お母さん、今日まで僕を育ててくれて有難う……」  私はこの報道に接して、涙が出てたまりませんでした。